『田園の詩』NO.121 「ワラジの子供たち」(2000.11.21)


 立冬を迎えましたが、日中は気温が25度近くまで上がり、秋の深まりさえも感じる
ことはできません。当地では、お米の取り入れも早々に終わりました。今年は台風が
来なかったので稲が倒れることもなく、コンバインが順調に動いたので作業もはか
どったようです。

 刈り取りの様子を見ていて、心なしか稲ワラを残す所が増えてきたように感じました。
聞くところによると、ワラが欲しいために、休耕田を借りてお米を作った酪農家がいる
とか。農業に対する考え方も少しずつ変わって来ている気がします。

 ところで、我が家は小学校から2`弱ですが、更に奥に入ること2`位の地区に住む
70歳を少し越えたSさんが立ち寄った時、話が稲ワラから進んで≪ワラジ(草鞋)≫の
ことに及びました。

 Sさんは、俵やムシロはもう作れないが、ワラジだったらまだ作れるといいます。小学
生の頃、学校にはワラジで通ったそうです。

 「よほどの人でない限り皆ワラジだった。それを大事に使ったものだ。片減りしないよう
に途中で左右を履き替えた。雨の日は、ワラジがすぐ傷むし、泥を跳ね上げ服を汚すので、
履かずに腰に下げて裸足で学校に行った。」

 まだそんなに遠い過去のことではないのに、私が思いもしなかったことが次々に語られ
ます。

 「泥道、石ころはまだましな方。道普請の後、切った草を土が流れないように道に敷き
詰める。その上を歩く時が一番辛かった。イガ(野イバラなどのトゲ)が足に刺さった。」

 話を聞きながら、私の足の裏にもチクチクと痛いものが走る思いがしました。


      
     雨上がりの雲ヶ岳です。Sさんの家はその中腹にあります。左、画面が切れる所に
    小学校があります。毎日学校に通った道は、今は舗装され白く光っています。
              (09,6.29写)



 私は「筆職人は絶滅危惧種だ」なんて冗談をいっていますが、そんな職人としての
関係上、今までは単に、稲ワラを使い、色んな物を作る技術が廃れていくのを残念に
思っていました。

 しかし、技術そのものも大切だけれど、その昔、自分たちが作った物でどんな生活
をしてきたのかも、しっかりと伝えておくべきだと知らされました。 (住職・筆工)

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